代表ごあいさつ – 創業にあたり –

元気な町には、元気な人も、元気な企業も、いる。

突然ですが、あなたの住む町が次のような状況だとします。

  • 元気な人たちがいる。
  • その元気な人たちのおかげで、その町は活気があふれている。

この町は「元気な人」によって活気づいています。

では、この「元気な人」は、なぜ、元気なのか。

私がここで取り上げたいのは、「元気な人」たちを支える原動力です。

この原動力をひもとけば「元気な町」、その真の秘訣にたどり着ける、そんな気がするからです。

はじめまして、SPYリレーションズ株式会社です!

SPYリレーションズの奥村です。縁あって、廿日市市佐伯地域で創業させていただくことになりました。

当社が目指す会社像は次のとおりです。

  • 地域の未来を見据えながら、地域の今を担う会社

要するに…

  • for the 地域

です。

地域を消滅させようと暗躍するブラック・スパイがいるとしたら、当社は地域を発展させようと活動するホワイト・スパイです。

高齢化が進んでいる。人口減少も進んでいる。世の中が収縮し始めている。ふるさとの将来展望、そんなビジョンを描くのが難しくなってきた。

そんな今、地域や行政だけでなく、会社にもできることがあるんじゃないか、会社ならば、ひと味違った切り口を見せられるんじゃないか。

この仮説を証明するべく、事業を推進して参りたいと考えています。

さて、先ほどの原動力についてですが、私ならば、

  • お金と時間

と答えます。

「元気な町」※1に住んでいる「元気な人」の行動モデル

あなたはサラリーマンです。あなたの地元は活気があり、多様な環境が広がる元気な町です。あなたの能力を活かせる仕事も見つけやすく、仕事上で新たな経験も積むことができます。

そんな例えばの「あなた」がいるとして、この続きを読んでみてください。

あなたは仕事は忙しいですが、理想的な収入を得られ、充実した職業人生を送れそうです。しかも、地元で働けるため、通勤にそれほど時間がかかりません。時間を有意義に使うことができ、経済活動だけでなく、社会貢献にも時間を割くことができます。

そんなあなたは「元気な人」として、この町の元気を支えています。あなたの生活ぶりは、町に元気や活力をもたらす基本モデルになっています。

環境が変わると「元気な人」はどう変わるか

では、そんなあなたの環境を変えることにします。環境が変わると、あなたはどう変わるでしょうか。

町に元気がないだけで、元気を失ってしまう理由(1)

例えば、こんな風にあなたの環境を変えてみます。

あなたの地元には活気がなく、昔も今も変わらない光景が広がっています。変わったのは人の往来。町を行き交う人影がなくなり、ひっそりとしています。あなたの能力を活かせる仕事なんて見つかるはずもありません、だって多様性もなく、最低限のものしかここにはありませんから。自分の職業キャリアのことを考えた末、通勤には往復で2時間かかりますが、活気のある隣町で働くことに決めました。

隣町での仕事は忙しいですが、理想的な収入を得られ、あなたは充実した職業人生を送れそうです。しかし、地元でないため、通勤にも時間を取られるのが悩みです。時間を有意義に使うことができず、平日は経済活動ばかり。休日はたまった疲れを取るので精一杯、地元に貢献する時間などありません。

結局、町に元気がないために、あなた自身も元気を失うことになってしまいました。

町に元気がないだけで、元気を失ってしまう理由(2)

今度は、別の角度から、あなたの環境を変えてみます。

あなたの地元には活気がなく、昔も今も変わらない光景が広がっています。変わったのは人の往来。町を行き交う人影がなくなり、ひっそりとしています。あなたの能力を活かせる仕事なんて見つかるはずもありませんが、隣町までの通勤時間の無駄が気になり、地元の企業で働くことにしました。

仕事は忙しくなく、定時退社できる毎日。その点はありがたいのですが、心配なのは家計。我が子の将来を考えると、本業の収入だけでやっていける手ごたえがなく、休みの日に運送会社や農家でアルバイトを始めることにしました。地元で働くことで時間にゆとりを持てるはずが、ひっ迫する家計のために働いてばかり。経済活動のために休日も返上する有り様、地元に貢献する時間などありません。

結局、ここでもあなたは、元気を失ってしまいました。

「元気な人」に必須の環境とは

元気な町を支える「元気な人」。

その「元気な人」を支えるのはお金※2、つまり経済活動と考えられます。経済活動で一定の水準に達しなければ、ここでいう「元気な人」であり続けることは難しそうです。

よって、まずは、こうしたな経済的な安定やゆとりを確保し、その上で、更に時間的な余裕を作っていく。そうなると、社会貢献にも時間を割くことができるようになる、このように考えられます。これが、

  • 原動力はお金と時間

と答えた理由です。

そして、お金(経済的な安定やゆとり)を確保するための一般的な手段と言えば、「働く」であり、代表的なのは、雇われる働き方でしょう。このケースで言うと企業は、雇う側として「元気な人」の受け皿となり、原動力を供給する重要な存在です。

ごあいさつの冒頭、「元気な町には、元気な人も、元気な企業も、いる。」とし、「元気な人」だけでなく、「元気な企業」の必要性も申し上げたのは、このような理由からです。

SPYリレーションズ株式会社は、その「元気な企業」を目指し、事業展開して参ります。皆様にはぜひ「元気な企業」、当社のサポーターになっていただきたく、お願い申し上げます。

どうぞよろしくお願い致します。

2018.1.11 奥村 拓道

(※1)
元気な町とは、やるべきことのために、町の内部において、人々の往来が絶えないの状態のことです。このような状態が見える町からは、活気が伝わってきます。

やるべきこととは、例えば、仕事や学業などで、それを怠ると生活や人生に支障が出るもののことです。

(※2)
お金を得る方法は、サラリーだけではありません。年金、配当、事業収入など様々な収入があります。しかし、例え不労所得と呼ばれるような収入であっても、元手が必要です。過去をたどれば、労働による元手が含まれていると考えられます。

本説明の目的は、「元気な町には、元気な人も、元気な企業も、いる。」ことについて明らかにするためのものですから、ここでは労働をお金の源泉と位置づけることで足る、と判断し、記載しています。

代表ご紹介

奥村 拓道おくむら ひろみち – Hiromichi Okumura –

ビジネスディベロッパー、SPYリレーションズ株式会社 代表取締役、廿日市市特別職

1972年8月、広島県呉市に生まれる。安芸郡熊野町、広島市安古市町を経て、佐伯郡廿日市町に移り住む。広島大学学校教育学部卒。2男1女の父。廿日市市平良在住。

代表のエピソード

32歳の時、当時の所属企業のボスから任された経営企画業務が契機となり、中小企業診断士を受験する。しかし、2次試験を2年連続でパスできず、「診断士に勝るには現場経験しかない!」と開き直る。診断士対策で学んだ知識を駆使し、財務、融資、法務、営業、製造、生産管理など、社内のあらゆる業務を経営企画の所掌業務と関連づけ、社内の機能やその連関を完全に掌握。会社内の何もかもを良くする、そのどん欲な姿勢の一方で、役員や仲間との協調性も大切にし、貴重な経営体験の数々を積ませていただいた。

次はコンサルで身を立てたい、そんな妄想でやられていたところ、舞い込んできたのが株式会社広島マツダの求人。違うんだけどな、と思いながらも、ボスは広島の経済界でも有名なお方、嫌なら断ればいいし、と採用面接に臨む。その面接の真っただ中、ボスから「採用っ!いつから来れる?」と突然の一言。即断即決、ボスの気風の良さに頭が真っ白になり、思わず「ありがとうございます」と答えてしまい、採用が決まる。入社後、半年も経たないうちに管理職、1年弱で子会社の代表取締役を拝命し任務にあたる。2016年7月、おりづるタワーの完成を見届け、家族の健康上の理由により退職。

月刊タウン情報ひろしま2015年11月号No.463広島の注目エリアを大特集Acrive!基町&紙屋町からニュース(2)「(仮称)広島ピースタワー」が来夏開業、広島人にこそ見て欲しい!広島らしさあふれる輝ける眺望(広島ピースタワー開設事務局 局長 奥村拓道さん
TjHiroshima No.463巻頭ニュースより

(仮称)広島ピースタワープロジェクト(現おりづるタワー)は、元々、法的な課題がクリアできず広島市建築指導課からNoを突きつけられており、私がプロジェクトに入った2012年1月の時点では何と1年以上も停滞。私がもたらしたプロジェクト最初の成果は、あるアイデアで広島市のNoをYesに転換させたこと。暗礁は乗り越えたものの、プロジェクトのゴールまではまだ果てしなく遠い道のり、そんな状況であることには変わりなかったが、そのブレークスルーがボスの目に留まり、プロジェクトリーダーを仰せつかる。ここでもボスの気風の良さ、論功行賞の大盤振る舞いに感服。以後のモチベーションは、施設の完成よりも、このボスをどれだけ感動させられるか、感動の質と量にこだわり、アイデアを夢想する毎日だった。

そんな数々のアイデアのうち、ボスをとっても感動させたもの、それは「折鶴の壁」(現:おりづるの壁)。この巨大なオブジェの思想、意義、持続性は、施設の存在意義、つまり「施設の魂」になり、施設が存在する限り、経営に貢献し続けてくれることを説明。この提案に対するトップの感動は半端なく、プロジェクト名称が「広島ピースタワー」から「おりづるタワー」に変更になったほど。施設名称については、県民や市民の方々が「広島ピースタワー」と聞いて想像するイメージと、実際の施設が大きく食い違っちゃならん、ということで、2013年にこのプロジェクト構想を初めて外部公表する時から、施設が早期に市民権を得られるべく、各方面に丁寧な説明を行っていたが、「折鶴の壁」という提案によりあっけなく「おりづるタワー」にひっくり返ってしまった。なので、コアメンバーと酒を飲むときは、未だにその時の話題で盛り上がる。このプロジェクトで得たものは※3のとおり。

現在、廿日市市特別職も兼務しているのは、自分がまだ元気なうちに、一度、社会貢献に身を投じたかったから。この特別職案件は自分の地元からの話だったので、条件度外視、内容オンリーで応募したら、嫁さんに「(選ぶ)順序が違う!」と怒られたが後の祭り。その後、創業の必要性を認識するようになり、現在に至る。

奧村さん 定住促進に着手 広島「おりづるタワー」開業の立役者 広島マツダの松田哲也会長は「企画力や行動力でおりづるタワー開業を成し遂げてもらった。他人のために動くことが好きで、地域振興にも力を発揮すると確信している」とエールを送る
中国新聞2017年9月6日地域面より

(※3)
おりづるタワーは築40年弱で床面積10,000平米超の建物がベースになっており、それを柱と床だけ残してフルリノベーションしている。なので、法令や技術面の検討課題が、施工前からバンバン沸きでてくるし、施工中も容赦なく降り注いでくる。当時、施主の現場責任者として、ボスの代わりに主体的に判断していったのだが、これが百戦錬磨の礎となり、相当な見識を積むことができた。よって今でも何の建築資格も持ってないが、ゼネコン、工務店、不動産業者からは「話の分かる施主」として扱っていただける、感謝。

そして、古いビルのリノベにつき、制約や事件?!が半端なく、旧ビルの部分解体中、改修中、いずれにおいても問題が湯水のように湧き出る毎日。おかげで、問題解決能力は一級品に仕上がった、感謝。

更に、モデル事例のない複合施設構想であり、世界遺産の隣にあるという希少性や重大さもあって、お客様に提供するサービスなどの設定や構築は、暗中模索、試行錯誤の毎日。おかげで、観察、洞察、考察、など、心の目も一級品に育った。

私の強みである「問題解決能力やアイデア創出力」などは、全部このプロジェクトで身に付いたといっても過言ではなく、苦楽を共にしたボスやメンバーには永遠の感謝を申し上げたい。